melt

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とろけるような暑さの中、蜃気楼の中に彼女をみた。

歪んだアスファルトの上にぼんやり立っているその姿は
いま思えば幻だったのかもしれない。

2017年8月21日。月曜。
14時。炎天下。気温は35度をとっくに超えている。
営業先からの帰り道。
日陰を求めて入った路地裏。

その路地には僕と彼女の2人だけだった。
彼女は僕をじっとみつめてこう言った。

「次の角をまがったところに小さいやおやさんがあるの。その向かいに、シトロンネルがなってるから。」
「えっ」
と僕が小さく言ったときにはもう彼女は走り去っていた。
(何なんだいったい。。。何がなってるって。。。?)
結局僕は気になって、次の角を曲がり、やおやを探した。

さらに細くなった路地の先に、野菜が並んだ店があった。
やおやというには、規模が小さすぎるのではないか。
そしてその店の向かいに、緑色の葉が茂った1本の木が伸びていた。

(ぶどうだ。。。)

きみどり色の少し細長い実は硬そうで、本物には見えなかった。
あまり見たことのない品種だ。
そのガラス球のような粒をみてなおさら、彼女は幻だったと感じた。

その日の夜、友人Kから新しいオンラインRPGの話を聞いた。

「今回の、けっこう面白そうだよ。モンスターとか出てこないらしい。」
「へぇ。」
「キャラクターデザインもあまり奇抜じゃないし、近未来の東京が舞台だって。」
「へぇ。」
「何だよ。上の空だな。」
「あぁ、ごめん。今日ちょっと変なことがあって。」
「何何。あ、ごめん、ちょっと電話かかってきた。とりあえずここに最新情報載ってるから見てみろよ。」
「うん、わかった。」

そしてKから送られてきたURLを開くと、そのゲームのメインキャラクターが映し出された。

その中の1人は今日、路地裏で会った彼女だった。

『melt』 という名のゲームだ。
このシリーズは、Kと2人ですべてクリアしていた。
今回の新作は、3Dブレインシステムという新機能を掲載していて、より現実に近い世界を体感できるらしい。

ゲームのあらすじはこうだ。

西暦2027年東京。
プレイヤーは全員、2000年生まれの27歳という設定だ。
(名前・性別・性格はなるべく現実世界と近いものをセレクトしてほしいと製作者は言っている)
崩壊した東京都市。
数人の仲間とともに事の真相をつきとめ、復興または現実世界への帰還を図る。

紹介されているキャラクターはそう多くない。

その中の1人が、「アマネ」だった。

腰まである長い髪。茶色い瞳。服装は白いブラウスに紺色のスカート。どこかの制服のようだ。
深刻な表情の彼女は、何か言葉を発していたが、画面から音声は出ていなかった。

僕が遭遇したのは彼女だ。
友人Kはコスプレしたゲーマーだと言ったが、それなら彼女がこのキャラクターのモデルだ。
本当にそっくりだった。

彼女は何故、僕に語りかけてきたのか。

2017年8月22日火曜日。
15時。炎天下。休憩からの帰り道。

「ねぇ、どうしてシトロンネルとってこなかったの?」

急に後ろから声がした。
びっくりして振り向くと、「アマネ」がいた。
「なってたでしょ?まさかあれがリードクリスタルだって気づいてない?」

「君は、誰?」
疑問は山ほどあったが、これだけ言うのがせいいっぱいだった。
「え。。。あなた、もしかして、別の世界の、雄平?」

それだけ言うと、アマネは数歩後去りし、また走り去ってしまった。

どうしてあの子は、僕の名前を知っているんだ。

「なぁ、シトロンネルって何だか知ってる?」
夜、パソコンごしに友人Kにたずねてみた。
「シトロンネル?知らない。何それ。」
「やっぱ知らないよな普通。」

僕は彼女の言った言葉「シトロンネル」の意味をもう調べていた。
ぶどうの種類だ。ロシアのコーカサス地方が原産という大粒のぶどうで、収穫時期が遅く「冬ぶどう」
とも呼ばれている。。。

普通、知らないよな。
アマネはあの時「シトロンネルがなっている。」と言い、次の日は「どうしてとってこなかったの?」尋ねてきた。
どうやら別の世界の僕は彼女と知り合いらしい。

「じゃあリードクリスタルは?」
「それは知ってる。」
Kは即答してきた。
「能力発動装置だろ、『melt』で使う。」
「え。。。そう、なんだ。」
「おいおい雄平、ちゃんと予習しといてくれよ。今回も発売時間ジャストから始めるから。」
「いつだっけ、発売開始。」
「次の土曜だよ。めずらしいことに昼の12時発売開始だ。」

2017年8月23日水曜日。12時。炎天下。会社近くの裏通り。
まあなんとなく予感はしていた。
アマネは唯一ある日陰にしゃがみこんでいた。
今日は僕から声をかける。
「きみ、名前は?」
「知ってるくせに。」
「『アマネ』はキャラクターの名前だろ?僕になんか用がある?」
「ねぇ雄平、こっちの世界の雄平は、おとといから行方不明なの。あなた、知らない?」
「さっぱり意味がわからない。」
「それか、あなたが記憶を奪われてるか。」
「誰に記憶を奪われるんだよ。ゲームの話?」
「ゲームと現実の境目なんて、もうないよ。」
そう言うとアマネは立ち上がり歩き出した。手招きをされ、後ろを歩く。
茶色い髪が左右に揺れる。その角を曲がると高校があるはずだ。
「君、そこの高校の生徒?」
アマネは振り向いて、僕に冷たい視線を投げつけた。
角を曲がる。
一瞬、反射する光で何も見えなくなった。
ゆっくり目を開くと、そこには崩壊した高校があった。
「何が、あったんだ?」
「それを知るために、私たち一緒にいるんじゃないの?」
「こうなった原因を知るため?それはメルトの。。これは現実だろ?」
「私にとってのね。」
アマネにとっての。。。?僕にとっては、何なんだ?
急に目の前が真っ白になりしゃがみこんだ。